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人をみたら泥棒と思え

私は建築業を営んでおり一級建築士。
構造計算偽造の問題については
あえてブログに書かないようにしていた。
事の重大性は計り知れない。
だが、反面テレビなどでは
「○○に詳しい一級建築士」
「○○専門家」など
あまりにも滑稽で困ったコメントを
する方も多いのだが
「これが真実」として受け止められて
しまうことに懸念を感じる。
責任ある一級建築士として
発言に気をつけなければならない。
今朝の新聞に
「構造設計について性悪説を前提に確認を…」
という言葉があった。
「まさかそんなことしないだろう」
適正に、誠実に物事は進んでいる筈だ
という性善説から
「人間は悪いことするのが当たり前」
という性悪説に転換するとの事。
人をみたら泥棒と思え…ということだ。
見方を変えれば善悪に関わらず
「誰にでも間違いはある」のだから
それを食い止めることも含めれば
重要なことである。
我々現場サイドにはどんな影響として出てくるか。
同じく朝刊で
「現場監督は見ていた…鉄骨が少ないと思っていた…」
いかにも素人好みの見出しだ。
おそらく鉄筋のことを鉄骨と書いているだけでも
困ったものだが、
この記事を見れば多くの方々が
「現場監督にも罪はあるよね。思ったら言わなければ。
 建築業界の体質全てが悪い…」
異句同音に思われるのだろうか。
現場監督は設計図書に基いて施工監理をする。
その図書事態に疑いをかけて
自分が計算して、あるいは感覚で
「これは少ないんじゃないか?」などと
申告することがまかり通ったら滅茶苦茶になる。
もちろん技術のプロとして
意見や助言をすることは重要。
設計の先生に対してもだ。
以前私の担当した現場でこういうことがあった。
鉄筋が少ないのではなく過剰なのだ。
構造の先生によっては安全率を高く見る
方もいらっしゃる。
今の事件に比べれば結構なことである。
しかしあまりにも過剰な場合は
施工上問題が発生する場合がある。
端的に言うと柱や梁の鉄筋があまりにも太く
間隔が狭すぎる。
「これではコンクリートが入っていかない」
ということが起きる。
鉄筋コンクリートという構造は
引っ張り力に強い鉄筋と
圧縮力に強いコンクリートという
材料が互いの長所短所を生かし補い
強度を保持する。
それが施工上難儀であったから
施工図と現場の説明で理解を求めた。
幸いその設計者の方は謙虚な方で
再計算して許容の範囲内での改善を
してくださった。
なかには頑として
「計算通りだからあとは現場の責任だ!」
という方もいるだろう。
今回のことでそういう意味で
困った設計者も増えるかもしれない。
建物はたくさんの協力者によって造られる。
意匠に長けてる人
構造に強い人
設備に詳しい人
現場管理力のある人
技術力のある人
そしてコストに理解ある施主というのも加わる。
善意をもって支えあう。
「人を見たら泥棒と思え」も間違いを犯さぬよう
互いに助け合うという意味に捉えたいものだ。